
はじめまして、めいこと申します。
関西出身の30歳です。
大学卒業後に、事務職として就職したものの
会社の激務からうつ病を発症してしまい退職を余儀なくされてしまいました。
発病から2年たった現在も復職できる
体調ではなく通院をしながら生活をしております。
労働ができないので、当然ながら
普通の会社勤めの方のようにお給料というものは貰うことができません。
それでも、家族と普通に生活はできております。
日々の生活に困るようなことはありません。
めいこがうつ病になり働けない状態になっても
お金や生活の心配をしないでいいのは、
傷病手当や障害年金という支給をいただけているおかげです。
このブログでは、
- うつ病になりながらも傷病手当や障害年金を支給してもらった方法
- うつ病で通院が必要になった時に通院費や医療費を安くする方法
- うつ病で働けない場合の保険料や国民年金、税金を控除する方法
というような、うつ病になって働けなくなっても経済的負担を減らす方法や
お給料の代わりに毎月支給を受けることができる制度についてお話していきます。
具体的なお話に入る前に
めいこがうつ病を発症から、現在に至るまでの経緯をここでは書いていこうと思います。
目次
地元で有名企業に就職。休日出勤に睡眠時間もない地獄の毎日
私は、大学卒業後に地元企業に事務職として就職をしました。
地元では優良企業と評判は高い会社でした。
テレビではCMも頻繁に流れており、全国に店舗を広げる程の企業でした。
私は、
- カレンダー通りのお休みがもらえる
- 自宅から通勤できるところ
という条件があるところを
中心に就職活動をして、その中でこの会社を出会いました。
募集要項にも「完全週休2日」
「夏期・年末年始休暇あり」とありましたし、
面接時にもちゃんと確認をしておりました。
最終面接の時に、自宅から1時間も
かからない支店への配属がほぼ決まりと
いうことを受け内定をもらい4月から気持ち新たに頑張っていこうと思っていました。
ところが、実態は全く違っていたのです。
配属当初から、連日深夜まで残業をすることが当たり前の状態となっていました。
しかも、配属先は面接時に言っていたところではなく
自宅から2時間以上もかかる本社へ配属されました。
休日出勤も当たり前という空気があり
休みも月に2日取れたらいいほうでした。
私の当時の生活スケジュールは
AM5:00 起床
AM6:00 家を出る
AM8:45 会社に到着
AM9:00 始業開始
PM18:00 就業時間予定(残業があるので終わったことありません)
PM22:00 残業を終え退社
AM0:30 家に帰宅
という流れでした。
これは、まだなんとか家に帰宅することができる日なのでまだマシです。
ひどい時は終電に間に合わず、近くのネットカフェで
仮眠をして出社をするなんてこともザラにありました。
残業代?休日手当??そんなものは出ませんでした。
GWやお盆、年末年始のお休みすら返上で出勤する日々。
私が特に嫌だったのは
お正月真っ最中の1月2日に全国の社員が
一斉に会社近くのホテルに集まり、新年会に参加しなければいけないことでした。
しかも、女性社員はドレスで上司にお酒を注いて回るという暗黙のルール付きです。
お正月は家族でゆっくり過ごしたいものですよね。
それすらも許されず、好きでもない会社の人に
ペコペコと頭を下げてお酌なんてものすごく苦痛でした。
毎日、休みもなく、睡眠時間も少なく、体がクタクタになるほど働き詰めで
帰宅しても疲れのあまりご飯も喉に入らないほどでした。
「ご飯を食べる時間があるなら、
1分でも1秒でもいいから寝かせて欲しい・・・」
という感じでした。
とはいっても、実際は疲れすぎて寝たくても寝れないという感じでした。
朝は5:00に起きなければ会社に間に合わないので熟睡したくても頭のどこかで
「寝過ごさないようにしなきゃ」という意識があり寝ていてもうっすら意識がある感じでした。
どこかで息抜きができるような機会があればよかったんですが、
- 長時間通勤のため、会社帰りにちょっとお酒でも飲んでとかはできない
- 残業続きで会社を出る頃にはお店はほとんど閉まっている
- 家に帰っても少しでも横になる時間確保のために
慌ただしくお風呂に入ったりしてゆっくりできない
などでゆっくりする時間なんかほとんどなくストレスは溜まっていく一方でした。
当然、こんな生活を続けていましたら
体はいろいろ不調が出てきますし、昼間は眠くて注意力散漫になります。
そのせいで、仕事でミスをして上司には怒られて、
余計に仕事ははかどらず溜まっていく一方。
仕事が溜まりすぎて、いくら残業しても終わりが見えないんです。
たまに1日丸々休みがあると
日頃の睡眠不足を解消しようと昼ぐらいまで寝てしまいます。
下手したら、夕方まで寝てしまったこともあります。
しかし、いくら寝たところで疲れが取れたかといえば決してそんなことはなく・・・
起きても身体が重くぼぉ~と過ごしてしまいます。
学生時代好きだった、音楽もCDをセットするのすら
面倒で聞く気になれず、趣味のギターを弾くことも、漫画も読むこともなくなりました。
人間って疲れすぎると好きなことすらやる気がなくなってしまうんです。
私は、会社に入ってからそのことを実感するようになりました。
もうとにかく毎日が
- しんどい
- 眠い
- ダルい
ということしか感じませんでした。
こんな生活を私は6年間続けました。
辞めたかったけど辞められない。私が6年間も続けた理由
残業だらけで、休みも全くないで
辛いならなんで辞めなかったのか?と思われるかもしれません。
私が会社を辞めなかったのには理由があります。
私の家庭は、定年退職をした父親と専業主婦の母と祖母がいます。
既にみんな年金のみが生活の頼りでした。
さらに、私の身内にも定職に就くことができず
収入に不安定な人間がいたことから
私は周りから
「一旦、仕事に就いたなら絶対に辞めてはいけない」
ということを事ある毎に言われていました。
そのため、仕事を辞めたいという相談もすることができませんでした。
また、定職に就くことができず
普段の生活に困っている身内を見て育ってきたせいか
「もし、今ここで辞めてしまったら
もう2度仕事に就くことなんかできないのでは?」
という脅迫感情に強い気持ちがありました。
このことから、私は辞めたいと思っても辞める決心をつけることができず
年月だけがずるずると過ぎていったわけです。
ただ、毎日本当に辛くて、
辞めたいのに辞めることができない苦しさから
夜になると泣いてしまうことも幾度となくありました。
「何の為に生きているのだろう?」希望もなく絶望しかない未来
次第に、私は自分自身に、日々の生活に、
その先の未来までも絶望していくようになります。
毎日、上司には怒鳴られ、イヤミを言われながらそれでも仕事をする日々です。
好きな仕事でもないので、余計にやる気も出ません。
溜まりまくった疲労と睡眠不足からミスをするので余計に仕事が嫌いになります。
それでも辞めれない現実。
これがこの先ずっと続くのかと思うとただ絶望しかなかったんです。
「私の人生って一体何だったろう・・・」
「嫌なことばっかりやって、嫌な気持ちばかりで、何で生きているんだろう・・・」
私は、別に大金持ちになって贅沢がしたいわけではありません。
ただ、普通の幸せな生活を望んでいただけです。
仕事は甘いものではありませんから、時には嫌なことだってあるでしょう。
それでも、休日はちょっとランチに行って気分転換をしたり
仕事が終わった後はお家でTVを見ながらゆっくりしたり
そんなごく当たり前の生活ができればそれで十分です。
なのに、今のこの生活は真逆です。
そんなごく当たり前の生活や幸せすら手にすることができなかったのです。
会社ではよく
「お前は使えない人間だ」
なんて罵倒を浴びたこともありますが
家に帰っても頭の中に上司の罵倒が響いているような錯覚がありました。
とうとう、体も心も限界が来た日
就職して6年目を迎えた冬の日です。
とうとう、朝ベットから起き上がることができなくなってしまいました。
いつも身体はしんどくダルいと感じていましたが
この日はいつもと違っていたんです。
例えるなら、
体の上に大きな鉛や岩を乗せられて
押しつぶされているような苦しさでした。
起きなきゃって思えば思うほど、起き上がることができず
私は朝のうちに家族に車に乗せてもらい病院へ連れていかれました。
ひとまず、家の近くにある総合病院に行ったのですが
診断してもらった結果「一度、心療内科へ行ったほうがいい」と言われました。
次の日に心療内科へ行き、私の状態を診断してもらった結果
「うつ病の可能性があるかもしれません。
睡眠薬と抗うつ剤を2週間分出しますので
少し会社をお休みして経過を見てみましょう。」
とのことでした。
この時は、ショックでした。
お医者さんからそう言われても
「私は、うつ病じゃない。うつ病なんか絶対にならない」
って否定していました。
この時はまだ、うつ病っていうものに偏見を持っていたんですね。
「うつ病なんか、ただの甘えや怠けじゃないか」
という考えだったのでまさか自分がその
うつ病の可能性があるなんて言われたことがとにかくショックでした。
2週間お休みをもらうも全く改善する気配はなく…
2週間のお休みをもらうための診断書をもらい
会社に送り、私は会社を休むことになりました。
しかし、休んだからといって体調が良くなったわけでもなく
しんどいことには変わりはありませんでした。
昼とか夜とか時間の感覚もわからず
自分のベットで寝たきりだったり、
起きてもせいぜいベットの上でぼぉ~とすることぐらいでした。
ただもう、全てが面倒で
「何もしたくない、何も見たくない、全てなくなって消えたい」
という感情ばかりが頭の中を巡っていました。
2週間後、再び病院に行った結果はっきりとうつ病と診断されました、
処方されたお薬を飲みながら十分な睡眠と休養を取ることを優先し
会社はお休みするように言われました。
この時は、有給休暇が溜まっていたので
有給休暇を使ってお休みをすることになりました。
有給休暇なら、会社を休んでいてもお給料は発生するので
この時は、ひとまずお金の心配はしなくて済みました。
有給休暇の終わりを感じ再び不安に襲われるようになる
有給休暇を使って、会社を休む日々を送るわけですが
なかなか病状はよくなりませんでした。
私の場合、この有給休暇の時も
頻繁に会社から携帯に連絡が入ってきてて
「今の病状はどうですか?」
「少しでも元気な時に病状や状態をメールで教えてください」
といった内容のメールや留守電がありました。
一番きつかったのは
わざわざ、私の家まで訪ねてきたことです。
私はそのせいで、電話や家のインターホンすら出るのが怖く感じるようになります。
お医者さんからは散歩でもいいから外に出るように言われていましたが
向こうから向かってくる車を見かけると
「会社の人が乗ってて見張っているんじゃないか」
と思うようになり外に出るのも恐怖で外出することもできませんでした。
その結果、病状は良くなることはありませんでした。
お医者さんと相談した結果、会社への復帰は当然無理とのことで休職ということになりました。
ただ、ここで大きな問題が発生します。
有給休暇と違って休職の場合は給料の支払いはなくなってしまう
ということです。
私の家は裕福なわけではありませんし、
私のお給料が家族全員分の生活の一部を支えになっているので
お給料は発生しないと生活をすることができなくなってしまいます。
私は崖っぷち立たされた感じで焦りました。
「無理してでも復帰して働くしかないのか?」
と考えたこともありました。しかし、
- 思い出される上司に罵倒される日々
- 疲れきった体を引きずって仕事に追われる日々
- 休みなく感情を殺して生きていく日々
「また、あの頃に戻るの…?」
そう思うと、
喉に重苦しく物がつかえたような感覚と胸の奥の息苦しさ。
押しつぶされるような倦怠感と動悸
に襲われるようになります。
「復帰しないと生活できない。だけど、復帰したくない」
そう思いとても辛かったです。
お薬が増えてしまい復帰はまだ無理と言われてしまいます。
来月からどうすればいいのかと悩んでいたある日、
うつ病で働けなくてもお給料の代わりとしてお金をもらえる方法
があることを知ります。
うつ病で働けない人の為にある制度のおかけで私は救われた
【働くことができなくても、毎月お給料のようにもらえる仕組み】
を知った私は早速その申請をします。
申請がおりるか不安でありましたが、
いろいろ助けていただいた方もいたおかげで無事に申請はおりました。
これは
「病気などで働けない人の為に、日々の生活を確保するための制度」
です。
その制度とは
- 傷病手当(しょうびょうてあて)
- 障害年金(しょうがいねんきん)
というものです。
私はこの2つの制度を取得することができました。
傷病手当と障害年金は同時に受け取ることはできません。
私は、最初の1年半は傷病手当の支給を受け
その後からは障害年金に切り替えて現在も支給を受けています。
詳しい内容は、別の記事でお話をしますが
うつ病で働けない場合、貰うことができる国に認められた制度です。
最後に。私だからこそできること、今後やっていきたいこと
長くなってしまいましたが、最後まで
読んでくださり誠にありがとうございます。
きっとここまで読んでくれたあなたは
私と同じように日々の会社勤めの中で
苦しんでおられることがあるのでしょう。
もしくは、うつ病と診断されて
働くことができず生活に困っておられるのでしょう。
私は、現在もうつ病で通院と投薬が欠かせません。
病院に行き続けてわかったことなのですが
心療内科は毎日とても多くの患者さんがいらっしゃいます。
みんな、あなたと同じように
心や身体が疲れてしまって病気になってしまった人がいるんです。
うつ病というと、世間ではまだまだ理解がされておらず
偏見の目で見られることもあります。
だけど、あなたは決して一人ではないですし、おかしいことでもないんです。
私は、うつ病になってしまいましたが今は、幸せに生きています。
うつ病で働けなくなってしまっても
お金の心配をしなくてもゆっくり落ち着けて生活することができるんです。
「会社に勤めて辛い日々を抜け出して暮らしたい」
と思われるなら是非、ご覧になっていってください。

